|
-龍神火まつりの由来-
龍神火まつりは、昭和45年に始まり下呂温泉まつりの初日に行なわれます。
このまつりは、岐阜県益田郡誌に登載される下呂の伝説「椀貸せ渕」から発想されたもので、下呂町民にとっては、ふるさとの大切な民俗文化として受け継がれています。
龍神火まつりは町民の結集を図り、総勢500名以上のスタッフを要して実施され、参加者は郷土を愛し、自らの参加をもって充実感を味わい、且歴史の創造者としての誇りをもって取り組んでいます。
椀貸せ渕の所在
国道41号線と国道257号線が交わる下呂町小川大渕にあり、国道41号線の飛騨川に架かる帯雲橋の下にあります。
椀貸せ渕の伝説(抜粋)
渕の底にはポッカリと横穴があいており、この穴は龍宮城に通じているといいます。
昔むかし、下呂の里は耕地も少なく食べ物も十分にない貧乏な村でした。でも、この里(大渕)では、祝い事や祭りなどに使われる膳や椀だけはとても立派で訪れる他村の人々を驚かせていました。
これには訳があり、里人は貧しくても正直者ぞろいで、渕が龍宮城へ通
じていることを信じ、盆暮にはお供え物をして龍神様を崇めていました。
ある日のこと、一人の村人が息子に嫁をもらうことになったが、困ったことがあると渕のほとりで嘆いておりました。
「嫁さもらうのはええが、俺んとこにゃお椀も膳もない。せがれや嫁さが恥かしくないようにせにゃいかん。なんとかならんものか。近所で借りようと思っても誰も持っておらんし、よわった。」信心深い親父は別に期待したつもりはなかったが川原に隆りて龍宮に通じる渕の穴に向ってお額いをした。
「龍神様、俺んとこではこのたび隣村から嫁さをもらうことになったが、この村にゃお椀も膳もなんにもありません、どうか婚礼の日だけでいいから膳と椀を貸してください。」そして次の朝のこと、親父は渕のそばに行き何げなく渕をのぞいてみると、金絵巻の立派な膳や椀が婚礼に必要な数だけ置いてありました。
親父も家の者も大喜びで無事婚礼を済ませ、使った膳椀をきれいに洗って、心ぱかりのお供え物をしてお返しをしました。それからは膳椀が必要な時、村人達は渕に通
いお願いをして借りるようになり、この渕を「椀貸せ渕」と呼ぶようになりました。
龍神様が貸してくださる膳や椀はとても立派なもので、椀一個だけでもそれを売れば一生遊んで幕らせるほどのものでしたが、誰ひとりネコババするような不心得な者はなく、正直者ばかりでした。
しかしある日のこと、村人の一人がお祭りに借りた椀のひとつをあやまって割らしてしまった。怖くなったその村人は、次の朝あやまることもせず、渕のそぱに置いて逃げ帰ってしまいました。
それからというもの、村人たちがいくらお願いしても膳椀は貸してもらえなくなりました。
TOPへ
|